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夜の海の航海

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 自民党が解体できないのは、その後の崩壊を恐れているからである。これは人が死を恐れるのに似ている。死は誰にとっても怖いものだ。しかし、自分が何者のなのか分からずに生きているのも実は苦痛なものだ。その苦痛を意識しないのはそれが徐々に積み上がっているからに他ならない。自民党は政権を失ったときに政権の死を意識した。しかしそれを総括することも、変容することもなかった。「自分を殺す」と嘘をついて、熱狂の中で国民をだましてしまったのである。

 これは行き詰まりから衰えを想起した中年が自分をだましてしまったのに似ている。暗い時期を乗り越えればより創造的で成熟した国家へ生まれ変わることができていたのかもしれない。

 第二次世界大戦も同じようなものだった。最初にしかけた戦争が大きくなり、次第に抜けられなくなった。しかし敗戦しても死には至らなかった。精神的に大きく傷つきもしたし、多大な犠牲をも払ったのだけど我々は生き残った。国民の勤勉さがそれを支えたのである。私たちの社会には優れた再生能力がある。自己解体は惨めな死ではないのである。このことを認識しない限り、社会の膠着は続くのではないだろうか。逆に創造的な破壊を乗り越えれば、我々の社会はより成熟した創造的な社会へと生まれ変わる事ができるだろう。

 ユングは夜の海の航海について次のように語っている。

それは必要性や因習からの決別を意味している。のがれようのない神の掟、何かに呼びかけられるのだという。

その航海に出ているとき、人はどこに行くのか分からない。適応を越えて、自己の全体性を確認するのだ。

行き詰まりを感じたら、無意識な心が堪え難い停滞から逃れるすべを与えてくれる。無意識は意識化されることによりてなづけられるわけではない。無意識のまま対立するものが統合されて秩序づけられるのだという。